昭和47年11月05日 特別奉修委員
子供の幸せを願わん親はないですからね。うん。只所がいくら願うとったっちゃ、どんなに教育したっちゃそれであの、親も子も幸せに成ると言う事じゃない。けども是だけはもう絶対と言うね、信心さして頂いて是だけは絶対と言うのは、今日私しが頂いた頂く事は、あのあの、何て言うですかね、あの待ち遠しかったら待つと云う事は、鶴が首を長うしてと言う風に言うでしょう。ね。鶴があの首を長うして待つと言う。あの是はあの信者の事が、例えて言うなら鶴なんですね。
所が亀は私しの事言うなら。皆さんが鶴なんですね、それにあの此の頃は、えらい参って来んがどうしよるじゃろうかち言うてから、亀が鶴首を長うする様な事じゃおかげにならんとですよ。ね。亀が首を長うする様な事じゃ、亀が待つ様な事じゃつまらないね。鶴があのあたし飛んで来る。鶴がねもうあの亀に待たせん様に、あの繁々とお参りが出来ると言う、ね。そうすりゃねもう絶対是は子供だけじゃない、親も子も一緒に鶴亀の舞い遊ぶ様なおかげと云う様なお知らせを頂いた、ね、
うん。だからこの頃えらい、佐田さん参って来んが、どうしよっちゃろうかち言うにね、あの神様を待たせる様な事ではなくてね、あのこちらがひとつ、あの亀の元に繁々と通わせて頂く様な、お繰り合わせを頂かなならん。そのおかげさえ頂けたら、ね、あの子供だけじゃない親も子もいわゆる、鶴亀の舞い遊ぶ様なおかげと言う事は、あたしは本当に幸せなおかげと言う事、目出たいおかげだと思うよね。そう言うおかげを受けられる仰っておるから、お母さんたちもいっちょ本気で信心さしてもらわないけない事ね。
どうぞ。